エピソード
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52.mp3「コンドウサトミって誰ねんて…。」赤松剛志は誰に言うわけでもなく、コーヒーをすすりながら呟いた。「自分の頭のなかだけで考えとっても整理できん…。」そう言うと彼は胸元からヘミングウェイやピカソがかつて愛用していたメモ帳のようなものを取り出して、ペンを走らせ始めた。ー6年前の事件のことをここに書き出してみよう。赤松は父親の忠志を中心にしてそこから放射状に人物を書き出し始めた。先ずは6年前の事件の相関関係。マルホン建設とベアーズデベロップメント、そして本多善幸。その構造..
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51.mp3駐車場に停めてあった自分の車に乗り込んで片倉は胸元からタバコを取り出しそれに火を着けた。助手席側には先程まで一緒にいた岡田が座っている。松永率いる捜査本部とは別に自分と古田が独自の捜査を行なっていることは極秘だ。このことが露見すると松永の叱責が自分に飛んでくることはおろか、命令を出した朝倉の責任も追求されよう。一緒に行動している古田も同様だ。片倉は村上から聴取した内容を頭の中で整理しながらタバコをふかした。「お前、どう思う。」「どうって言われても、正直課長が何を聞..
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エピソードを見逃しましたか?
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50.mp3「少しだけお話をしたいんですよ。」本多事務所の受付の女性に名刺を渡して、片倉はその中の様子を伺った。名刺を受け取った女性はそれに目を落とした。そして怪訝な顔つきでその名刺と片倉の顔を何度か見合わせた。「どうしました。」「警察の方なら今村上が対応しています。」「は?私じゃなくて?」「ええ。」ーしまった。帳場の捜査とかち合った。…こうなったら一か八かだ。「それは失礼。」そう言うと片倉は女性の手にあった名刺を奪った。「私はその人間の監督をする立場の者です。事務所の前で待..
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49.mp3文子は固唾を呑んだ。「忠志さんは知ってしまったんです。指定暴力団の仁熊会が公共事業に関する用地取得に深く関わっていることを。それもこの開発目覚しい田上地区に関する用地取得。そしてこれから本格着工される北陸新幹線沿線の用地取得についてです。用地取得にありがちな不正は、地権者が取得者に対して賄賂を送って、その査定に便宜を図るよう依頼するというものです。これだけなら話は簡単です。」彼女はだまって眼鏡の奥に光る一色の目を見ている。「忠志さんが知ったのは用地取得に関する複雑..
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48.mp3桐本家の通夜は今日の19時からとの報が、町内の回覧板からもたらされた。赤松剛志の頭の中には昨日のうちに桐本家へ弔問した時の光景が巡っていた。ひとの不幸を知り仮通夜というものに足を運んだことが何度かある。自宅の仏間にその亡骸は安置され、顔には白布が被せてある。遺族と二三言葉をかわして焼香。近しい間柄なら顔を見ていってくれと言われ、その白布をとって対面する。この通常の仮通夜での粛々とした営みが、桐本家では行われていなかった。一枚の紙が桐本家の玄関に貼られていたのみであ..
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47.mp3金沢駅構内のテナントスペースの一角にあるBONに、佐竹が銀行員特有の大きなカバンをもって入ってきた。「あら、佐竹さんじゃない。」マスターの森は中年の男性であるが、女性のような口調で佐竹を意外そうに見ながら、声をかけた。佐竹は森の言葉には耳を貸さず、店内をひと通り見渡していた。入り口から見て死角となるところに陣取っていた古田は、入店してきた佐竹に手を上げて合図した。それに気づいた佐竹はようやく森の言葉に反応した。「ああ、マスター。ちょっと約束があったんだ。」「あらそ..
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46.mp3今年も余すところ少しとなり、金沢銀行金沢駅前支店の週明け月曜日は朝から混雑していた。クリスマス向けの現金引き出しで来店する個人客もいれば、年末の差し迫った資金繰りの悩みを抱えてくる企業の経理担当者もいる。時間的なもの、金銭的なもの、多種多様であるが皆一様に余裕が無い。どうしてこうも日本の年末というのは気忙しいのだろうか。古田はその落ち着きのない店内に入るやその周囲を見渡した。佐竹康之がここにいるかを探るためだった。「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか。」..
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45.mp3「なんやこれ…すごい人や…。」北署の前に小西は立ち尽くした。報道関係者が歩道に所狭しと待機している。このあたりではそうも見ない全国ネットのテレビ局の中継車、自らが所属するメディアを証明するための腕章をつけた記者と思われる者たちが通りを行き交っている。これらの者たちを横目に小西は北署の正面玄関をくぐって目の前にある生活安全課の若い署員に声をかけた。「あの、すんません。」「何ですか。」「えーっと。」小西が北署にくるのは初めてのことではない。北陸タクシーに勤務してから過..
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44.mp3「よし勤務先と住所は抑えた。」そう言うと車に乗り込み、エンジンをかけた片倉は手にしていたスマートフォンを胸元にしまいこんだ。「便利やなぁ。」「トシさん、もう紙を持ち歩く時代は終わったんやぞ。」「ほうか、ワシはいつまでたってもメモ帳や。ちょっとそれ見せぇや。」「何や。」「それ、ここに書き写す。」片倉と古田は、佐竹、赤松、村上の三名の住所と勤務先を仕入れて県警本部の401資料室からそそくさと出た。その際に片倉は書き写していると時間がかかると言って、つい最近手に入れたス..
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43.mp3昨日開設されたこの捜査本部には捜査員が始終詰めている状況だった。松永は捜査本部に入ってからというもの、一睡もしていない。流石に彼の顔に疲労がにじみ出てきていた。犯人の確保を最優先した検問体制を取るも、めぼしい情報は松永の元には入ってきていなかった。そんな中、一人の捜査員が気にかかる箇所があるとして、熨子山の検問状況報告書を持って松永と向き合った。「どうした。」「昨日の熨子山ですが、一点だけ気になる箇所があるのです。」「言ってみろ。」捜査員は資料を松永の前に広げた。..
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42.mp3支店長の山県を前にして、20名いる行員が二列横隊で並んでいる。支店長代理の佐竹はその中央に居た。山県は先週の総括、そして今週の動きについて自分の考えを述べる。彼の話は簡潔だった。今期の金沢駅前支店の預貸金の実績は順調だ。今後はその中身、すなわち不良な債権を処理するべく行動をして行って欲しいとのことだ。そして土曜日に結婚をした服部を指名し、職員を前に簡単なスピーチをさせた。軽くジョークを挟んだ内容に、週明け月曜日の駅前支店の重たい雰囲気は和んだ。結びに山県は熨子山連..
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41.mp3金沢のオフィス街南町。その裏通りから一本横に逸れた場所に談我はあった。このあたりは金沢の金融機関が軒を並べており、談我はこれらの業界関係者の御用達となっていた。創業20年。外観は古ぼけたよくある近所の中華料理屋の体であるが、その客足は途絶えたことはない。日中はこの南町を本拠とし、金融機関たちは鎬を削る競争を繰り広げている。しかしそれは食を楽しみ、酒を飲む場である談我においては関係がなくなる。背広という戦闘服を纏った男達が日中の気忙しさから解放され、身も心も開放的に..
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40.mp3古田と片倉は今後の捜査について綿密に打ち合わせをしていた。一色の高校時代の交友関係を当たるためには、彼らの情報を仕入れねばならない。県警に戻ってそれらを一旦整理したいが、自分たちがこそこそと水面下で動いていることが松永たちに露見すると、厄介なことになる。今日は自分たちの頭の中を整理することとし、明日の日勤時にさりげなくそれらの情報を取得することにした。「しっかし、なんでまたこんな事件が起こるんや。」片倉はごろりと畳の上に転がった。「ほやからあいつは好かんかったんや..
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39.mp3帰宅した佐竹の心中は穏やかではなかった。ーなんで赤松の母さんは、俺に一色のことなんて聞いたんだ。俺は一色とは何の関係もない。赤の他人だ。俺は何も知らない。何も関係がない。あいつが悪いんだ。あいつが全部悪い。 佐竹は冷蔵庫を開け、そこに入っていた缶ビールを一気に飲んだ。ーまさか…俺…疑われているのか…。ふと動きを止めて部屋に飾ってある高校時代の写真に目をやった。写真の先にある赤松の表情は笑顔だ。ーいや、そんなはずはない。再度、佐竹はビールに口をつけた。赤松文子から唐..
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38.mp3「鍋島惇。」「まさか。なんでここであいつが出てくるんや。」「ふっ、なんでって、しゃあねぇやろ。高校時代の同級生やからな。しかも奴さんは高校時代の戦友と来たもんや。繋がってしまったからにはどうしようもない。」「でも、この鍋島は熨子山のヤマと関係あるんか。」「さぁ、それは分からん。そいつはこれからの捜査次第で関係性が出てくるかもしれんし、まったく関係がないかもしれん。とにかく、一色の周辺を洗っとったらこんなもんが出てきましたってことや。」「トシさん…あんた情報集めてく..
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37.mp3「部長と穴山と井上の接点というのは、こんなところや。」「ふーん。…やるかやらないか…それが問題ってか…。」「ああ。」「んで、殺っちまったってか…。」片倉は手にしていたノートを一旦畳んで、天を仰いだ。「よしトシさん。要点を整理しよう。」「ん?」「一色は穴山と井上に何かしらの制裁を加えたかった。」「うん。」「そしてその制裁にはスピードが必要やった。」「そうや。」「仮に今回の事件がその制裁やったとせんけ。憎き豆泥棒(性犯罪者)は死んでめでたしめでたし。ほやけどスピードっ..
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36.mp3「あれか。」アイドリングをしていた車のエンジンが切られ、中から男が二人現れた。ひとりは身の丈180センチはあるかと思われる体格のよい30後半か40前半の男。彫りの深い彼の顔つきと体格はどこか日本人離れした様子だった。一般的には男前と言われる部類の容姿を持っている。ゆっくりとした動作のひとつひとつが、直江に威厳を持たせていた。一方、もうひとりの男は彼と対照的だった。身長165センチほどの彼は小太りだった。胴長短足の典型的な日本人の体型をしている。高山の表情はどこか柔..
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35.mp3県警本部から車で10分離れた金沢駅の近くに古田が住むアパートがあった。築15年。古田は離婚後、この木造二階建ての質素な作りのアパートに引っ越してきた。2DK、畳式の間取りは、古田ひとりが生活するには充分のスペースである。このうちの一部屋は古田の趣味でもある仕事部屋に割り当てられている。捜査に関する資料を外部に持ち出すことは禁じられているが、個人的に書き留めたメモ類であるとして古田はそれらを自宅に保管していた。無論このメモを見ることができる者は彼以外にない。古田のメ..
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34.mp3開発が進んでいるとは言え熨子山の麓に位置する田上は、金沢の中でも雪深い地区であった。車の窓から外を眺めるとアサフスのある一帯は一面銀世界となっていた。アイドリングしたままの車内にいる佐竹はアサフスに入店する機会を伺っていた。駐車場には彼の他に1台、客のものと思し召しき車両が止まっていた。客が店を離れるのを待ちながら、ふと彼は思った。ーさっきもこの店に来て、今またここに来るなんて不自然じゃないか?冷静になって考えて見れば、佐竹のこの気づきは至極当然のこと。先程は旧友..
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33.mp3はくたか13号が金沢駅に進入してきた。時刻は17時12分。到着時刻は17時13分であるから定刻通りだ。東京から北陸までの電車での道程は一般的に新潟周りの路線が選択される。東京から越後湯沢までは上越新幹線。その後特急はくたかに乗り換える。はくたかに乗り換えてしばらくして、雪のため運行ダイヤが乱れるかもしれないとの車内アナウンスがあったが、日本の交通インフラは世界に冠たるものだ。電車は金沢駅のホームに滑り込む。最終的には一分の狂いも無く金沢に到着することができた。学生..
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