Episodit
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ヨハネ1:14からのクリスマス礼拝メッセージ。2024年12月22日録音。
メッセージ原稿はこちらです。https://note.com/nsbc/n/n4c5ff141a5b1
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ヨハネ2:12-22からの礼拝説教。2024年12月15日録音。〈聖書朗読は(1:51)まで、説教本題は(2:32)から始まります〉「隠れミッキー」のように「キリストに関わる隠れ証言」がヨハネの福音書の中に存在します。また登場人物のセリフにも表面的には見えない背景があります。それらを読み解くことによって、聖書を知る楽しさを知り、またクリスチャンであればイエス様に対する新鮮な信仰が喚起されるでしょう。それらを踏まえて1.隠れているキリストの証言(6:00),2.ユダヤ人の質問の本当の意味(11:55),3.神殿としてのイエス様の体(16:45)の3つの点を取り上げます。
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Puuttuva jakso?
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ヨハネ2:1-11からの礼拝説教。2024年12月8日録音。<聖書朗読は(2:00)まで、説教本題は(2:30)から>今日の箇所では無礼に響くイエス様の言葉、「女の方、あなたはわたしと何の関係がありますか。」が目を引きます。この言葉はその他の出来事も他の箇所のように背景を知って初めて見えてくるものがあるのです。最初にその点を取り上げます。:1.イエス様の言葉の意味(5:33),次に水がぶどう酒に変わったその意味を考えます(12:40)。:2.新たな喜びとは,最後に3.信じる人にだけ見える栄光,を取り上げます(17:19)。
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ヨハネ1:43-51からの礼拝説教。2024年12月1日録音。<聖書朗読は(1:50)まで、本題は(2:40)から始まります>今日の箇所ではヨハネの福音書にしか名前が記されていないナタナエルとイエス様との関りから3つの点を取り上げます。ヨハネ独自の不思議な描写が多い中、第1にこの箇所を知るうえで欠かせない旧約聖書の箇所を解説します:1.旧約聖書のヤコブ(6:32),次にイエス様が「ナタナエルを知っている」という言葉の意味と私たちとの関りについて考えます:2.ナタナエルを知るイエス様(12:52),最後に「天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたは見ることになります」の意味と私たちの関りについて考えます:3.さらに大きなことを見る(18:36)。
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ヨハネ1:35-42からの礼拝説教。2024年11月24日録音。<聖書朗読は(1:36)まで、本題は(2:14)から始まります>イエス様は私たちの欠点を見抜いた上で将来あるべき姿を見据えて育んで下さるのです。今日の箇所ではイエス様と最初の弟子たちの出会いが、3つの共観福音書にはない独特な描き方で紹介されています。3つのカギとなる言葉をもとにイエス様の弟子の姿について考えます。最初は1.「ついて行く」を原語のギリシャ語から見えてくる2つの点を取り上げ(3:40),次に2.「とどまる」でも原語のギリシャ語から判明するヨハネの福音書のカギとなる言葉について取り上げます(9:22),そして最後の3.「名前」で、私たちの欠点と将来の姿について取り上げます(19:30)。
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ヨハネ1:29-34からの礼拝説教。2024年11月17日録音。<(1:22)まで聖書朗読,(1:53)から本題です>バプテスマのヨハネによる証しが続きます。今日の箇所では彼のイエス様について新たな証言が記されています(ヨハネ1:34)。それはイエス様が「世の罪を取り除く神の子羊」であるということで、それには「罪を担うこと」と「罪を償うこと」の2つの意味があります。まずその2点を順番に取り上げます。: 1.罪を担う子羊(4:05),2.罪を償う子羊(1:27)。そして3つの点として、イエス様が聖霊でバプテスマを授けるお方であるとのヨハネの証言について解説します。:3.聖霊によってバプテスマを授けるお方(17:06).
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ヨハネ1:19-28からの礼拝説教。2024年11月10日録音。<(1:54)まで聖書朗読,(2:35)から本題に入ります>#234「洗礼者ではないヨハネ」のところでお話ししたように、ヨハネの福音書ではバプテスマのヨハネの役割が「キリストを証しする」という1点に絞られています。その上で今日の箇所は彼のアイデンティティに関わる問答が展開して行きます。いつもお伝えしている通りここでも聖書や時代背景を知ることで、意味が分かるようになります。第1に祭司たちの問いについて、第2にヨハネの答えについてそれぞれの聖書の背景や意味についてお話します。第3に「あなた方の知らない方」を取り上げて、アイデンティティについて考えます。1.あなたは誰か(4:22),2.私は声、しもべにも及ばない(14:22),3.「あなた方の知らない方」(22:8)の3点からお話します。
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ヨハネ1:15-18からの礼拝説教。2024年11月3日録音。<聖書朗読は(0:57)まで本題は(1:36)から始まります。
今日の聖書箇所では私たちが困窮するたびに神の救いを期待することができる根拠や、目に見えない神様を知るための道が解き明かされています。まず「恵みの上にさらに恵みを受けた。」という言葉の意味を探ります。:1.尽きない恵み(2:55)。次に「恵みとまことはイエス・キリストによって実現した」との意味を解説します。:2.実現した恵みとまこと(7:00),最後に「キリストを通して見えない神を知るとはいったいどういうことなのか」を説明します。:3.神を解き明かす(14:35)。 -
ヨハネ1:9-14からの礼拝説教。2024年10月27日録音。聖書を理解するうえで欠かせない前提について最初に触れます。なぜならそれを知ることによって私たち自身が豊かにされるからです。また「聖書の言葉はわからないし、常識では考えられない」という先入観から「名門球団に入るようなチャンスを見す見す逃す」ようなことがないように、その基礎を提供したいと願うからです。1.聖書の背景の豊かさと深さに触れなければならない(3:03),2.様々に表現されているイエス様の豊かさを知らねばならない(11:08),3.与えられる「神の子どもとなる特権」(17:07)の3つの点から考えていきます。
メッセージの原稿:https://note.com/nsbc/n/nc20f8febf381
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ヨハネ1:6-8からの礼拝説教。2024年10月20日録音。今日取り上げる箇所には突然バプテスマのヨハネが登場します。彼は4つの福音書すべてに登場しますが、興味深いことにヨハネの福音書では他の3つの共観福音書とは全く違う描写がされています。例えばこの福音書には「バプテスマのヨハネ」という紹介のされ方がありません。反対にイエス様の弟子のヨハネの名前が登場しません。ここから著者がイエス様の弟子ヨハネであるとさえ言われています。その他共感福音書との違いを読み解くと当時の教会と、今のクリスチャンが聞くべきメッセージを読み取ることができます。神様の壮大な計画と私たちの日常生活との結びつきを見つけられるようになることを願いつつ、1.「バプテスマ」がないヨハネ(3:30),2.「神から遣わされた証人」のヨハネ(13:36),3.天地創造と私たち(20:24)の3つの点を取り上げます。
説教原稿:https://note.com/nsbc/n/n96c1ddb17659
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ヨハネ1:3-5からの礼拝説教。2024年10月13日。ヨハネの福音書は不思議な響きを持って始まっています。主題は「ロゴスなることば」についてでした。この「ロゴスなることば」は世界が始まる前から存在し、世界を創造した父なる神と対話をし、しかもその神でもあったということでした。そこからさらに話が進んで今日の箇所では「ロゴスなることば」を通してすべてのものが造られたというのです。1:3-5の本文の流れに沿って1.創造のことば(3:40),2. いのちのことば(12:08),3.人の光なることば(20:11)の3つの点を取り上げます。原稿はこちらをご覧ください。https://note.com/nsbc/n/n2478d70de4b6?sub_rt=share_pb
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ヨハネの福音書1:1-2からの礼拝説教。2024年10月6日録音。今日からヨハネの福音書を新たに取り上げて行きます。先週まで取り上げたマルコの福音書とマタイとルカの福音書の3つには共通点が多いことから共観福音書と言われます。一方ヨハネはそれら3つとは違った視点でイエス様について書いています。ダイアモンドを別の角度から見ると新たな輝きが生まれるように、ヨハネの福音書ならではの新たな救い主イエス様の姿が輝き出てきます。今回は冒頭のぎっしりと内容の詰まった2節から「ことば・ロゴス」について1.初めにことばがあった(4:02),2.ことばは神とともにあった(8:40),3.ことばは神であった(13:48)の,3つの点を取り上げます。メッセージの原稿: (https://note.com/nsbc/n/ncf6daaa2a706?sub_rt=share_pb)
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マルコの福音書16:8b-20からの礼拝説教。2024年9月28日録音。(2:30)キリスト教の信仰生活は経験を伴うものです。それはその本人にとってはイエス様の救いを体験することでもあるし、またイエス様ご自身が何かを行ってくださったと確かに信じられるような体験をすることでもあります。荒唐無稽である、或いは危険であるとの批判もあるでしょう。私たちは聖書の言葉やキリスト教の歴史、そして教会に身を置く中で、真実さが精査され危険な道にそれることから守られて行くのです。1.復活の証言への態度(6:50),2.復活の証言者となる(10:00),3.証言者と共に働くイエス様(16:47),を取り上げ、復活のイエス様と出会いそれを証言することについて考えていきます。
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マルコの福音書16:1-8からの礼拝説教。2024年9月24日録音。福音書のクライマックス、イエス様の復活の出来事です。第1にこの箇所を詳しく見てわかる復活の衝撃を、そして残りの2点で私たちとの関りを見ていきます。1.見えてくる衝撃(4:40),2.閉ざされても広がる復活の福音(11:45),3.私たちが体験する復活の章(17:20),の3つの点を取り上げて、今日に向かう希望と今日を振り返った時の感謝が芽生えることを願います。
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マルコの福音書1:1からの礼拝説教。2024年9月15日録音。来週取り上げる聖書の箇所はマルコの福音書の最大のクライマックスの復活の出来事です。その前に、冒頭の始まりの言葉「神の子、イエス・キリストの福音のはじめ。」(1:1)をもとに、この福音書でイエス様の何が語られて来たのかを振り返ります。1.イエス・キリスト(3:15),2.神の御子(9:55),3.福音(15:55)の3つの点から見て行きましょう。
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マルコの福音書15:40-47からの礼拝説教。2024年9月8日録音。 (1:45)イエス様の埋葬物語は良く知られています。簡単に読み過ごしてしまいがちです。しかしその中でマルコの福音書は当時から大きな問題となった「イエス様が本当に息を引き取った」という大事な事実を伝えているのです。1.遺体の下げ渡しを許可したピラト(3:40),2.アリマタヤのヨセフの信仰と勇気(7:30),3.息を引き取り埋葬されたイエス様(15:25),の3つの点から考えていきます。
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マルコの福音書15:33‐41からの礼拝説教。「神に見捨てられた。神などいない。」と思うことがあるかもしれません。十字架の上でイエス様は「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。その時の出来事を記した聖書の箇所から、1.不吉な予兆としての暗闇(3:19),2.見捨てられた救い主(7:40),3.百人隊長に見えた救い主(18:16),の3つの点から見て行きましう。
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マルコの福音書15:16-32からの礼拝説教。2024年8月25日録音。(2:35)今日の箇所では、嘲られることによって「ユダヤ人の王、キリスト」として即位したイエス様の姿が描かれています。思い通りにならないことの中にも神様の導きがあり、無名な人の名が残り、意志に反して背負わされた十字架の先に弟子の道がある。私たちが他人も自分をも救えないと思ったとしても、イエス様は私たちを救って下さる。これらのことを、1.嘲りが就任式(5:40),2.強いられた十字架(15:05),3.自分を救わず他人を救う救い主(21:08)、の3つの点から考えて見ましょう。
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マルコの福音書15:1-15からの礼拝説教。2024年8月18日録音。イエス様に十字架刑の判決が下った時のことを取り上げます。そこには正義を曲げる人たち、正しいことを知りながらもそれを実行できない人、何が正しい事かもわからず煽動されてしまう人たち、そしてそのような人たちの中で沈黙を保つイエス様が登場します。1.サンヘドリンの矛盾—仕組まれた冤罪(3:40),2.ピラトの矛盾―恩赦の失敗(11:40),3.沈黙の救い主‐私たちの恩赦(15:04)、の3つの点を取り上げます。
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マルコの福音書14:66‐72からの礼拝説教。2024年8月11日録音。ペテロは3度イエス様のことを「知らない」と言いました。それにも関わらず、そのことが記された今日の箇所には良い知らせ「福音」が示されています。会話の内容を詳しく見ると、計算された巧みな言葉でペテロを追い込む様子とペテロの裏切り行為の実態が浮き彫りになります。1.ペテロを追い詰める言葉(5:00),2.否認し裏切るペテロの言葉(13:45),3.私たちへの福音として(18:00),の3つの点を取り上げます。レジメはこちらから:
「ペテロの躓き」 マルコ14:66-72 3034/8/11 – 新座志木パプテスト教会 (niiza-shiki.org) - Näytä enemmän