Episodes
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特別編・世界の事件簿をお送りします。
今回は第四弾、留学生のガチ喧嘩に遭遇した話。
日本語学校で教師をしていたときのお話です。
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特別編・世界の事件簿をお送りします。
今回は第三弾、アメリカ学生寮での電気パチパチ事件。
交換留学生としてアメリカの大学の学生寮で暮らしていた時のお話です。 -
Missing episodes?
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*機材トラブルにより音声が聞き取りづらい部分があります
特別編・世界の事件簿をお送りします。
今回は第二弾、フィリピンのタクシーでの恐怖体験。
フィリピンのマニラでタクシーに乗った時のお話。 -
*機材トラブルにより音声が聞き取りづらい部分があります
特別編・世界の事件簿をお送りします。
今回は第一弾、フィリピンでナンパされた話。
フィリピンのバナウェで出会った人たちとそこでの出来事について話します。
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今回は特別編 第1章で自分の人生について話をしてくれたれんさんが、ふかだもとみに聞いてみたいことについてお喋りします
<目次>
自分の名前を変えるとしたらどんな名前にするか?
タイムマシンがあったらどの時代に行きたい?
生まれ変わるなら何になりたい?
日本の法律を作る・変えるとしたら?
うんこ味のカレーVSカレー味のうんこ、食べるならどっち?
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの今とこれからのことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
海外取材以外の時間は日本で仕事、取材内容をまとめる、講演会の準備など
忙しいフリをしているが、ゆとりを持った時間設定にしている
時間富豪- 時間にゆとりがあり最低限の資金もある
日々の幸せ- 夜寝れた、ご飯が美味しかった、天気が良い
仕事が重なったときしんどい
中東の文化を輸入- ちゃんと働かなきゃと思わなくていい
日本はきっちりし過ぎている- 締切に厳しい、電車が時間どおり、工事現場の検査がきっちり、毎年車検がある、交通ルールを守る
日本は過ごしやすい、治安が安定、日本食は美味しい、色んな国の食事がリーズナブルに楽しめる
節操がない- いろんな文化や宗教をすんなり受け入れる
保守的な面もあり、新しいものも取り込める
将来的に二拠点で活動したい- 半分エジプト、時々日本
今後アフリカを開拓したい
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの今の活動について引き続き聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
紛争地取材中に命の危険を感じたことは無い
一回の取材期間は1〜3ヶ月
取材後日本に帰ってくると切り離された感覚になる
取材した内容はノートやスマホにメモ、ボイスレコーダー、動画で記録
取材した内容を以前はSNSで発信していたが最近はニュースレターや講演会に力を入れている
SNSだと部分的な情報しか伝わらない
ニュースレターだと長文で伝えられるし、講演会だと直接伝えられる
ウクライナの前線地帯で暮らしている子どもがマインクラフトをやっていて衝撃を受けた
紛争地にいる人たちが幸せそうに見える瞬間- 家族で子どもをあやしている、ボランティア活動の合間のパーティー
幸せな瞬間とそうではない時間の繰り返し
取材に行くたびに自分に変化がある- 行ってみて気づくこと、日本に帰ってきてからの変化
ウクライナの人たちは勤勉で働き者- 日本人と似ている
イスラエルには寿司屋が多い
イスラエル政府の軍事侵攻に反対しているイスラエル人もいる
イスラエルの入植活動からパレスチナ人を守ろうとしているイスラエル人もいる
イスラエルの中から声をあげている人を応援している
毎回自分がマイナーチェンジしている
自分で現地に直接見に行くのが好き- 紛争地は見えない部分が多い
紛争地で暮らしている人は逞しい- エネルギーをもらっている
日本にいるときは撮影の仕事などをして取材費を貯める
取材費が貯まったら海外に取材に出る- 取材費は自己資金
今後は活動で得た情報で資金を得られるようにしたい
若い時は再就職も考えた
今の活動に迷いはない- 年齢を重ねて諦めがついた
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。前回に引き続き佑一さんの物語。今回は佑一さんの今の活動について聞いていきます。森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧くださいYuichi Mori Journalhttps://yuichimori.substack.com/<目次>世界各地の紛争地域に行って現地の人の暮らしや状況を取材して発信している活動の根本にあるのは”興味”- 野次馬根性をこじらせた感じ実際に行ってみたらイメージと違ったというこれまでの経験取材先は自分の関心で決める渋谷の反戦デモ- ウクライナのことがピンとこなかったイスラエル・パレスチナの軍事侵攻を受けて行く前から取材する内容をあまり決めないようにしている- 現地に行ってみると想像と違うことがよくある現地に暮らしに行くという感覚ニュースやSNSで流れている情報は断片的現地で直接話して伝わってくるもの- 匂い、触覚、話している時の雰囲気最低限の物をバックパック1つに詰め込んでいくロストバゲージが怖い・・・ポーランドの空港で3日間寝泊まりして荷物の到着を待った基本的には一人で行動目的地の手前の町で治安など情報収集店の人やゲストハウスのスタッフに話しかける- 地元の人に聞くと生の情報が得られる基本的には英語、中東ではアラビア語でコミュニケーション必要に応じて英語の通訳者に入ってもらう日本人としてのフィルターを通して自分が経験したことについて書いて発信するようにしている写真を撮るだけでなく現地の人に話を聞くことも含めて取材紛争が激しいところも日常があるところも全般的に撮影- グラデーションがある紛争地で暮らしている人にフォーカス
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの大学卒業後、青年海外協力隊として派遣が決まった後のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
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<目次>
青年海外協力隊- ODAで発展途上国にボランティアを派遣する事業
環境教育とアラビア語の派遣前訓練を受けた
ヨルダンへ- 公立学校で環境ワークショップ、市民向けの啓発活動
ゴミ処理・埋め立ての問題、ポイ捨て
教育はすぐ結果が出ない、文化の違いもあって難しい
ヨルダンの人たちはみんなフレンドリー
大半がムスリム- 宗教が生活のベース
早朝のアザーンの放送に起こされる
バスの運転手が仕事中にバスを停めてお祈りをする
ヨルダンにいる時の方がのんびりする自分
2年間の任期終了後、フィリピンの大学院に留学
平和構築について学びたかった
大学院の授業についていけず落第- アカデミックな英語むずい
フィリピンでフリーの写真家として活動を開始
本当はそれ以前にギリシャの難民キャンプにこっそり取材行ってた
フィリピンのミンダナオ島へ
イスラム系過激派とフィリピン政府の衝突で内戦
戒厳令が敷かれている時に行ってみた
戦闘が行われていたマラウィ市の近隣の町で避難民の取材
実際行ってみたら全部がやばいわけじゃなかった
商業写真を撮るためには最低限の技術が必要
写真家として海外で取材するためにはものを見る視点が大事
歴史的な背景・人々の置かれている状況を理解して構図を捉える
写真の勉強は独学
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの大学卒業後のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
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<目次>
就職活動をしたがしっくりこなかった
就活中に知り合った人からピースボートについて聞いた
休学してピースボートに参加した- 船で世界一周
イスラエル・パレスチナ問題について勉強
ヨルダンのパレスチナ難民キャンプにホームステイ
環境問題から戦争問題に興味がシフトした
卒業論文はイスラエル・パレスチナ問題について書いた
就職活動が余計にしっくりこなくなった
就活がうまくいかず地元でニート生活
地元の靴屋で働いた- あまりしっくりこなかった
東日本大震災が起きたタイミングで退職してボランティアに参加
南三陸・東松島でのり養殖の復旧作業やわかめ収穫作業のお手伝い
実際に現地に行って震災が身近に感じられた
趣味で被災地の写真を撮ってSNSで発信していた
地元に戻ってのり養殖の仕事- ザ・肉体労働
ラジオ局で働いた- メディアに興味があった
地元のことでそれまでは知らなかったことが多くて面白かった
瀬戸内国際芸術祭でアート作品を作るお手伝い
青年海外協力隊を再受験して合格- ラジオ局を辞めた
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの学生時代のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
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<目次>
小学生の頃にテレビで自然番組を見ていた
中学でソフトテニスを始めた- 部活に打ち込んでいた
才能があると言われ試合に出た- 本番に弱いタイプ
硬式テニスをやりたかったが高校に硬式テニス部が無かった
地域のテニスクラブで大人に混ざってテニスをやっていた
将来はテニスプレイヤーになりたかった
高校の時はゲームに更にハマっていた- やりすぎて怒られる
勉強も真面目にやっていた- 英語が好きになった
環境問題を勉強してNGOで働きたい- 英語を学ぶ目的ができた
鳥取にある環境大学へ進学
大学でもテニスをやっていた
現実に直面- テニスプレイヤーの夢を諦めた
テニスの世界大会をテレビで見て憧れがあった
環境に関わる法律や科学など分野横断的に勉強した
NGOの現場で環境保全・環境保護の活動がしたかった
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの子ども時代のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
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<目次>
香川県三豊市出身- 海もあるし山もある
実家は山の麓
以前は水不足で断水があった
溜池がたくさんある- 釣りスポット
通学路に野良犬- スリリングな登下校
捨て猫を連れて帰って育てていたら怒られた
3人兄弟の真ん中
家族の気質から外れたところに行ってしまったタイプ
子どもの頃は遊び呆けていた- 外遊び、ゲーム
小学校6年生から急に勉強し始めた
人見知りな性格だった
小学校は小さい学校だった
好きだったのはカブトムシ、秘密基地づくり
小学生の時に初めて海外へ
英会話教室のプログラムでオーストラリアへ
自然公園のアスレチック、現地の子どもと遊んで仲良くなった、一緒に寝泊まり
英会話は渋々通っていた- 全く上達せず
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
第3回目は佑一さんの物語。
今回は、佑一さんがどんな人なのか聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
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<目次>
海外の紛争地でフリーで取材活動
イエメン、ウクライナ、イスラエル、パレスチナ
写真を撮ったり現地の人に話を聞いたり
取材後は日本で記事執筆、写真展、講演会など
日本で撮影の仕事
ランニング、カフェが好き
香川県出身
東京在住
香川でうどんはファストフード感覚
うどんの食べ過ぎは健康に良くない
初めての海外は小学生のときにオーストラリアへ
20〜30カ国くらい行ったことがある
中東が多い
一番好きなのはヨルダン
報道雑誌を読んで写真に興味をもった
社会課題に関心をもったのは小学生のとき
環境問題に関心があった- 残飯とアフリカの飢餓
紛争問題にも関心があった- 小学校の卒業旅行で被爆者の話を聞いて衝撃を受けた
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きレイチェルさんの物語。
今回は、レイチェルさんの今と今後について聞いていきます。
<目次>
息子が笑った時に幸せを感じる
日本語がもう少しできたらなと思う
日本は変化が遅いのでもどかしく思う
今後も日本で生活していく
家を買った
息子にとっては日本が故郷
座右の銘「他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」
もっと旅行してみたい
黒部アルペンルート、軽井沢
日本は安全、住みやすくて、伝統的、美しい自然、温かい人たち
未来に向かって変化していく必要がある
夫は日本の人
中国出身で4歳の時に来日
エンジニア
大らかな人
息子はもうすぐ6歳
日本の幼稚園に通っている
優しくて可愛らしい
ダウン症がある-あまり言葉を話さない
息子に障がいがあることで生活が少し大変だと感じる
大変さの原因は障がい自体ではなく社会にあると思う
息子自身は障がいがあることを全く気にしていない
親としては学校選びが悩み
公立小学校の特別支援学級にするか特別支援学校にするか検討中
専門的な支援を優先するか、インクルージョンを重視するか
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きレイチェルさんの物語。
今回は、レイチェルさんが日本に来た後感じたことについて聞いていきます。
<目次>
来日したのは5月のとても蒸し暑い日だった
電車の車窓から田んぼや古い家屋やビルを見た
田舎の緑豊かな風景が綺麗
古い伝統的な家屋はあまりアメリカでは見ない
日本の食べ物にびっくり!
池造り、馬刺し、鳥刺し
ネバネバしたもの-納豆、とろろ
ホルモン、もつ鍋、蟹味噌、白子*、鶏皮
暑いのにみんなめっちゃ服着てる!
家の断熱性も違う!
アメリカは家全体の空調を調節
日本は部屋ごとに空調を調節
トイレの機能が豪華!
夜遅い時間に人が沢山外を歩いている!
小学生が一人で通学している!!!!
アメリカで子どもを一人で通学させたら通報される
日本に来てからの生活は冒険!
日本の人は優しい
英会話学校の生徒さんから日本のことを教えてもらった
日本語ができない煩わしさも冒険の一部
アメリカの食べ物が恋しかった
味が全く同じだったのはマクドナルドだけ
自分のサイズに合った服や靴を探すのに苦労した
日本に来て学んだことが多い
人との違いを受け入れられるようになった
色んな境遇の人の気持ちが分かるようになった
アジアの国々の違いが分かるようになった
*スーパーで鶏肉だと思って買ったら「軟骨」だったからびっくりした!そうです。「白子」ではありませんでした。
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きレイチェルさんの物語。
今回は、レイチェルさんが日本に来ることになったきっかけについて聞いていきます。
<目次>
旅行好きの母の影響
留学を勧められたが子どもの頃はシャイすぎた
海外旅行は子どもの頃から何度も行ったことがあった
仕事に行き詰まりを感じて海外に目が向いた
高校時代の同級生から日本の話を聞いた
私も日本で生活できるのでは・・・
日本でできる英語を教える仕事を探した
日本で就職するのは難しいという噂を聞いた
韓国の仕事に応募したがうまくいかず
結局日本で仕事が見つかった
英語教授法のオンラインクラスを受講した
車で5時間かけてシカゴへ採用面接へ行った
日本で生活に必要なものは会社が用意してくれた
仕事に必要なものも会社から教えてもらった
生まれて初めてスーツを買った
日本に来る前は日本のことを全然知らなかった
新しい土地へ行くワクワク!冒険!
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きレイチェルさんの物語。
今回は、レイチェルさんのアメリカでの生活について聞いていきます。
<目次>
大学の専攻はコミュニケーション
音楽に関わる仕事をしたかった
副専攻は英語
ニューヨークでエンタメの仕事
MTVで裏方の仕事
夢が叶って楽しかった
芸能人にも会えた
ニューヨークでの仕事はストレスが多かった
転職して気候が良いロサンゼルスへ
パーソナルアシスタントをしていた
音楽家の日々の仕事とプライベートをサポートする仕事
楽しくはない・・・
アメリカでは将来を見据えて恋愛している人が少ない気がする
アメリカで付き合ったのはほとんど黒人男性、白人も数人、アジア人はゼロ
付き合ってほしいと自分からは言えなかった
好きなタイプは背が高い、筋肉質、大らかな人
ランニング、ハイキング、ヨガをやっていた
旅行するのも好きだった
ロサンゼルスは気候が良かったのでアウトドアの趣味が人気があった
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きレイチェルさんの物語。
今回は、レイチェルさんの家族や子ども時代のことを聞いていきます。
<目次>
Xenia(ジーニア)という町出身
とっても小さい街
何にもない
高校が1つしかない
ショッピングモールがない
つまらない・・・
異母兄弟が6人
でも一人っ子
両親とも大学教授
母は白人、父は黒人
両親は50年連れ添った
当時白人と黒人のカップルは少ないけど周りにいた
10代の頃は自分が白人でも黒人でもないと感じていた
20代で他の人と違うことは特別なことだと思うようになった
自分に自信がついたら違いを自然に受け入れられるようになった
子どもの頃はシャイだった
転校後1週間一言も喋らなかった
周りに馴染めるか不安だった
小学校は私立のオルタナティブスクール
机に座って授業を聞くことはほとんどなかった
ディスカッション、物語を書く、ハイキング
中学と高校は公立学校
大学は州立大学
オルタナティブスクールの方が好き
親になって子ども一人一人に合わせた教育がいいなと思う
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
第2回目はレイチェルさんの物語。
今回は、レイチェルさんがどんな人なのか聞いていきます。
<目次>
出身はアメリカ・オハイオ州
オハイオ州で生まれ育って
テネシーの大学へ
働きながらニューヨークとロサンゼルスに住んでいた
大きい街が好き
2011年に来日
英会話学校で6年くらい働いた
結婚して仕事をやめた
息子が一人いる
今は専業主婦
趣味は野菜や木を育てること、日本語の勉強、YouTube見ながら運動
アメリカと日本以外の国には住んだことはない
旅行で世界中色々なところへ行った
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日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きれんさんの物語。
今回は、れんさんが今日本で感じていることについて聞いていきます。
<目次>
中学・高校の時は日本で暮らすのがつまらなかった
今は海外から日本に戻ってくると「帰ってきた」感じがする
故郷に帰っても懐かしさはあまり感じない
日本では落ち着くけれど常に気を張っている
日本での生活も長いし生活インフラも整っているので暮らしやすい
「変わらない国」日本
子どもの頃日本製品は憧れの的だった
家電の性能・価格が20〜30年前とあまり変わらない
技術力は世界一なのに!!
同じ性能の日本製品が海外でもっと安く売られている!
消費者が諦めている!?
日本はマニュアルの国
明らかに80歳くらいのおじいちゃんに年齢確認
マニュアルがあると働きやすい
日本の人は我慢強い
働くことが美徳!??
今後も日本で暮らしていく
将来のことは全く考えていない -目の前のことを着実にこなすのみ
母が人生を導いてくれた
人の意見に従って決断してきた -後悔はないがこれから大変かも
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