Folgen
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七月二十一日、火曜日。九時三十一分。中島はセダムとフロックスの防除作業を終えた。週に一度の作業である。あわせて、市場向けの箱詰めも済ませた。Kの石のベンチに腰掛け、山ログを録っている。
今朝は出発が早かったため、朝食はバナナとコーヒーのみで済ませた。先ほど、妻が買ってきてくれたフルーツスティック——湿ったフルーツの入った、カロリーメイトに似た菓子——を口にし、いくらか力を取り戻した。今日の気分は五段階中四。
空は曇りがちで、今は日が陰っているが、晴れ間も見える一日である。一昨日ほど前から、草刈り用にバートルのエアークラフトという空調服を導入した。装着して電源を入れると、涼しさがすぐに感じられる。
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父・シンジの誕生日、曇り空の下で始まった一日。注文取りこぼしへの対応、セダムとフィリペンデュラの調整を終えた夕方、今年Mの畑を襲ったイノシシ被害を振り返る。モナルダのピンクをはじめクガイソウやマウンテンミントまで無防備のまま掘り返され、拾えたピンクはわずか五本。毎年注文をくれる花屋への申し訳なさと、暑さと重なる落ち込みの一日。数日前の関東農政局の取材では、公務員と花屋とで響く語り口の違いに気づかされた——ハイドパークやアメリカ研修の実体験が、感性や哲学よりも届いたという独り言。
ハナボウズ圃場コード:たびたび登場する、畑の定義です。
K|湿地・開放農地・森林が接するエッジ環境
A|アトリエ(現在の作業場の隣)
G|ゴリラ形の岩がある枝もの畑(Aから約100m)
M|開拓時に水鉄砲がぶら下がっていた畑、標高1030m・北向きの最高地点(Gの隣)
Y|100坪のビニールハウス(町から借用)
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Fehlende Folgen?
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小雨の朝、Kの一棟目のハウスで中島は録音を始めた。鎌を手に作物の脇の草を刈ったところだ。一時間後には取材が来る。それだけの理由で、畑は少しだけ人に見せる顔をする。しかし人が数えようとしなければ気づかなかった数字がある——枝物を除いてなお九十種。中島自身、七十のつもりでいた畑だった。
雨が弱まるにつれ、体は自然と動き出し、気分は一から二を経て三へと上がっていく。植物と同じように、人もまた環境に応じて姿勢を変えるのだと、この朝は静かに教えている。
草に負けたAの畑、そこから生き残った株だけを掘り上げて作った新しい場所へ。量は去年に及ばないが、来年への期待はすでに芽吹いている。畑はきれいに管理されているというより、草より花のほうが元気に生きられる場所のように管理している。中島はそれを、ナチュラルガーデンと呼んだ。
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前夜、妻との会話の中で、ハナボウズが何種類の花を育てているのか数えてみようという話になり、中島が数えることになった。三年前に数えたときは五十種類だった。今回、取材を機にあらためて正確な数を数え直そうと、出荷準備を終えた後、録音機を手に畑へ向かう。
一番下の水道のそばから数えは始まり、シュウメイギク、クレマチス、ブルーベリー、セダム、ネペッタ、ロシアンセージ、モナルダ、アキレア、ジャーマンアイリス、マウンテンミント、サンゴミズキ、アリウム数種、水仙……と続いていく。路地に出てからは、沓掛さんからもらったレイセステリア、移住当初からよくしてくれた山本さんの奥さんがくれたチョウジソウ、花楽の里のヤスエさんから譲り受けたバーベインやジョーパイウィードなど、人とのつながりを伴う株も次々と現れる。フジバカマの草取りが追いついていないことも、率直に語られる。
K圃場をひと通り数え終えた後、頭の中で整理しながらM、G、Yへと移動し、それぞれの圃場の株を加えていく。数え終えた時点で、確認できた品目は聞き取り不明瞭なものも含めて合計104件。三年前の五十種類とは数え方の前提が異なるため、単純比較はできないが、この日思いつく限りの株はひと通り記録された。晴れて暑い日、体を動かして気分は良い。午後は植え付け、草刈りへと続いていく。
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刈るべき草を前に、なぜか動けない時間がある。花を美しいと感じるのはバグかもしれないけれど、そのバグごと畑に組み込んでいくのが花農家の仕事らしい。こぼれ種から百本のアマランサスが立ち上がり、ガソリン切れは友の二リットルに救われた。六合の花が国の目に留まった週、中島は石のベンチでしばらく迷っていた。
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中島は、標高1030mの北向きの畑、Mへ足を運んだ。今年Yのビニールハウスが増えたぶん、Mまで手が回らなくなっていた。草はすでに手に負えない高さまで伸びている。
暑さが増してきたこの日、目当てはモナルダの収穫だった。妻は作業場でセダムの調整に当たり、中島はひと息つきながらこの記録を録っている。
Mではこれまで、モナルダとフィリペンジュラ、それにクガイソウが採算の取れる品目だった。しかしクガイソウには昨年から黒い斑点が見られ、今年はウイルス病とおぼしき症状が西側一帯に広がっていた。東側はまだ比較的元気な株が残っている。花を切り終えたあとに生きた株を掘り上げ、灌水できる場所へ植え付け直す計画を立てた。
アルケミラとアストランティア・ローマの掘り上げは、昨日ようやく終わったところだ。今年はモナルダとウイキョウをKへ移した経緯もあり、Mという畑そのものを手放すことも頭をよぎった。トラクターで一度耕し直し、草を刈って更地に近い状態に戻す必要がある。
南隣ではカベさんが花豆や野菜をきれいに手入れしている。除草の行き届いたその畑と、自分のMとの落差に中島は苦笑した。鳥の声だけが、変わらずよく響いていた。
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七月に入り、鳥の声が心なしか減った気がする畑で、中島は今年の花たちと向き合っている。アストランティアは去年の管理不足で株が弱り、マウンテンミントも植え替えの影響で先行き不安。それでも背伸びせず、来年への立て直しに舵を切った。
アキレア「ラブパレード」は、今はなきカラクの里のオーナーだった方から譲り受けた苗が始まり。名前がしっくりこず色名で出していた時期もあったが、中卸さんの一言で名前が戻ってきた——時代がひと回りしたのかもしれない。
午後は妻と分業。掘り上げ担当の妻が語った「エビ型」と「エンチョウ型」の芽の違いという気づきから、中島はふと反省する。日々の作業に追われて、考えたり試したりする回数が減っている気がした。
ハナボウズの強みはなんだろうかを考える。
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曇りから雨へ移る午後、中島は出荷前の調整作業を終え、軽トラの荷台に腰をかけながら今日を振り返る。育てて2年目のエリンジウムは枝ぶりこそ良いが、荷造りと送料を考えると単価だけでは仕事にならない――そんな現実と、ドライフラワー向けという新しい売り先への気づき。
先週は安カ川ファームの博さんに車を出してもらい、青木村のフラワーファーム沓掛さんを再訪。重油栽培から季節の草花へ移行した十棟のハウスと、自ら世界観を築き発信する沓掛さんの姿に触れ、六合での産地見学会のあり方を考え直す。
昨年の畑見学会で感じた、大学時代のハイドパークに似た「居ることが許される」空気についても語られる。
中島の血を求めてブヨが飛び回る畑で、聞く図鑑をきっかけに始めた鳥の観察遊びにも話は及ぶ。ウグイスの声を聞き分け、いつかこの記録に出てくるK・A・G・Mの圃場符号についても説明を残しておきたいという気づきも。
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花を切り忘れたことに気づいた中島が、軽トラに積み込み中作業を記録した一本。発話は短く、その代わりに約28分間、里山の生物音が豊かに記録された。
時間帯: 13:39〜の昼下がりにもかかわらず鳥のさえずりが活発 → 6月の繁殖期ピーク季節遷移: 春の鳥(ウグイス、カッコウ類)と夏の虫(ニイニイゼミ)の共存が特徴的 → まさに「晩春から夏への移行期」生息環境の推定: ウグイス + ホトトギス + オオヨシキリ + アマガエル + ウシガエル の組み合わせから、林縁部、畑、湿気が近接する圃場K: 11種以上の鳥、2-3種のセミ、2種のカエルを確認 → 非常に豊かな生態系
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ほぼウグイスの鳴き声とハサミのパチパチ音、たまに園主の声が入る回。六月二十三日、K圃場。アルケミラの株分け作業中、古い根を残すと苗が浮いて欠株するという仮説。曇りで風が少し肌寒い一日、妻と話したジョジョ五部のあのシーンの出典探し、産地見学会に向けた自己紹介の練習、桔梗の発芽率は七割くらいだった。給油(車に)とビール(園主に)を買って帰る一日。
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深夜23時43分、六合地区。深酒の夜、中島は住宅の周囲を徘徊していた。南の空では雷が光り、星は霞に隠れている。針葉樹の闇の中から、一定の間隔で「ピー、ピー」と鳴く声が届く。その正体を確かめようと、マイクを手に外へ出た。
夜鷹か、鵺か。鳴き声は判然としないまま、記憶は数年前の蒸し暑い夜へと遡る。この山に移住してから出会ったという、妖怪か神か分からぬものの話——酔いの中で、その輪郭をたどる。スマホのライトを点ける。「こわ」とつぶやく。
補足分析によれば、この声はヨタカまたはトラツグミの可能性が高い。トラツグミは古来「鵺」の声として知られ、宮沢賢治の『よだかの星』にも連なる。先月まで定住していたフクロウは、いつの間にか姿を消していた。今夜の鳥は、まだここにいる。
「歯磨きして寝ます」と言いながら、中島は家へと戻った。
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六月の午後、中島はAフィールド周辺の草刈りの合間に録音を始めた。七月になれば蜂が巣を守り始める——就農前に師匠から聞いたその話を、眉唾だと思いながらも肌感覚で信じている。藪を放置すれば、ある日突然、蜂が飛び出してくる。だから今のうちに刈っておく。
日曜日に出品した中之条花マルシェは、客層がよかった。入園料を払って植物園に来る人たちだ。一本百円の売り台に自分で花を拾って束ねていった客のひとりが、上手に組んだ花を持ってきた。「花やってましたか?」と聞いたら「花やってます」と返ってきた。言葉ではなく、手の動きや作法から相手の背景が滲み出ていた。探偵みたいな、嬉しい瞬間だった。
マルシェは労力を考えると正直割に合わない。それでも中島は「祭りだと思って」参加する。楽しいから。山ログのフォロワーが倍増したことへの、緊張ともちがう感覚もあった。「遊びで続けていく」とひとり確認して、録音を終えた中島は再び草刈り機のエンジンをかけた。
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中之条花マルシェの前日、作業場で明日販売予定の生花選別作業を録音してみました。
独り言、鋏で花を切る音、ハチの乱入、足音
2026年6月13日土曜日14:36〜
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六月十三日、土曜日。K圃場で、中島はひとり花を切っていた。翌十四日の中之条花マルシェに向けた準備作業だった。マイクは軽トラの荷台の上に置かれ、その日の音を拾っていた。風の気配、鳥やセミの声、そして時折やってくる来客の声。録音はやがて、スマートフォンの発熱によって静かに途切れた。機械が音を上げたその瞬間まで、中島は花を切り続けていた。
マルシェの前日というのは、静かな緊張感がある。売り物になる一本を選び取る手つきには、値踏みとも愛着ともつかない感覚が混じる。Kの圃場は、そういう作業に向いている。広すぎず、狭すぎず、手が届く範囲に花がある。軽トラはその日の道具置き場であり、録音スタジオだった。
来客はいつも唐突にやってくる。会話がはじまれば、それも記録の一部になる。ログとは、計画された音だけでなく、その日にたまたま起きたことの総体なのかもしれない。マイクを置き去りにしても気にしない。
いつの間にかマイクを指していたスマートフォンが熱を持ち録音は止まっていた。
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市場と中卸の担当者が圃場を訪れた。車を降りた中卸の方が、自己紹介より先に言った言葉が「うわ、鳥の声がすごい!」。そこから中島のAI鳥図鑑トークが炸裂。ウグイス、ガビチョウ、晴れると突然鳴き始めるハルゼミ……圃場の四方を林に囲まれたエッジ環境が生み出す音響環境を、来客とともに楽しんだ。
午後はアルケミラの掘り上げ作業へ。「もっと作ってほしい」と言われたばかりの花を、鋤で掘り起こし300株以上をコンテナへ。Yハウスに700〜800株、Kエリアに800株以上。6月中の定植完了を目指す。
週末は中之条ガーデンズのマルシェ。目玉にしたかったアストランティア・ローマの路地ものは今年は不調で断念。ブルーベリーや草ものを中心に、あるもので臨む。
Kの圃場は、湧き水と鳥声と花畑が交わる、尾瀬みたいな場所。今日の来客も、それを感じ取っていた。
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六月の山は、汗と乾きの季節に入った。中島はKフィールドで防除と草刈りをこなした。思ったほど進まなかったが、ある程度は終えた。水筒一リットルでは午後の管理作業が持たず、妻が置いていった分まで飲み干した。喉がひりつく。地面は濡れているのに、自分は乾いていた。
雨上がりの翌日、山道にサワガニが出る。それを知っていた中島は、軽トラ移動中にオス一匹、メス一匹を捕まえた。娘に頼まれていたのを思い出して。バケツに水を張り、荷台に積んだ。帰ったら虫かごへ入れて、飼い方を調べてみる。
草は今のうちに取っておかないと、八月にとんでもないことになる。わかっていながら毎年負けてきた。今日は三メートル分、二十株ほど手を入れた。小さな仕事だが、積み重ねれば違う。収穫日と収穫日のあいだの管理日は、体力と判断力の消耗戦だ。
喉カラカラで山を下りる。明日は直送・注文・市場分の切り出し、少しの草刈り。次回からは水筒を多めに用意する。今日の反省はそれだけ。帰ったら娘とサワガニを眺める時間がある。山は暑く、乾いていて、しかしカニがいた。
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六月八日の朝、中島は雨の降り始めたK圃場の石のベンチに腰を下ろしながら山ログを録った。昨日は落ち込んで早めに切り上げ、娘の寝かしつけごっこに付き合ううちに眠ってしまった。目が覚めると体の上にビーチボールとトランシーバーと折りたたまれた布団が積まれていた。その無言の置き土産が効いて、気分は三まで戻っていた。
丁字草を切りながら、中島は農業を「仕事」と捉えることの重さを考え直した。ベランダ園芸の延長でいい、楽しいからやっている。そう決めると何かが緩んだ。娘が平仮名を書いたりおもちゃのお金で遊んだりする姿を見て、遊びの真剣さというものが腑に落ちた。吹っ切れた、と言いたいところを自己洗脳と言い直す。いや、自己洗農か。
午後には、Instagramで知り合った移住者の花農家が作業場に来る予定だった。嬉しいとは思う。ただ、予定が一つ入るだけで体がどこかピリつく。お金の交換を伴う注文は素直に喜べるのに、人と会う約束はなぜか重さが違う。そのことも正直に録音に吹き込んだ。
明日は草刈りと防除。ハウスへの植え付けが一段落し、路地フェーズへ移る前の足固めだ。石のベンチはすでに濡れていて、腰を下ろした中島はケツを濡らした。それでもログは続く。雨の六合地区から、お届けしました。
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暮坂峠の作業場、梅雨の端に位置する六月の午後、中島は軽トラの荷台に腰かけ、風に吹かれながらマイクに向かっていた。晴れてはいるが冷たい空気が肌を刺し、パーカー一枚では少し寒い。収穫はいつもより少なく、注文分と市場分を調整し、バケツを洗い、伝票を書き終えてようやく一息ついた午後四時——その静けさの中で、ずっと昨夜から胸の奥でくすぶっていた問いが浮かんできた。「なんで農家やってんのか」。
都内のベランダで鉢を並べていたころの話を、中島はゆっくりと手繰り寄せる。植木市で苗を買い、枯らしてはまた育て、花が咲けばひとり喜んでいたあの日々。植物はただ面白く、楽しかった。ところが今は、その命を刈り取ってお金に換えることを生業にしている。新品種を試すことは今も楽しい。けれど出荷し、換金し、利益率を計算するあたりで何かが重くなる。農業の過酷さを、彼は言葉を探しながら、しかし誰かに告げるでもなく、虫の鳴き声のようにログに放り込んでいく。
それでも、と中島は続ける。マルシェでお客さんに「綺麗」と言ってもらえる瞬間のこと。個人の花屋数軒と箱を送り合い、意見を交わしながら、山で拾った枝を一本混ぜてみる楽しさのこと。このモヤモヤは妻には話せない——正論で返ってくるのが目に見えているから。同じように土地も資産もなしに花農家を始めた先輩に、ぶつけてみようと思っている。就農初年度、売上九十四万円で「辞めよう」と思っていたことも、今日また思い出した。
来週末のマルシェに向けて、セダム・オータムジョイのステッカーを作った。緑とピンクの間、一割二割だけ花開いたあの色が好きで、それをスマホにも貼っている。売れたら嬉しいし、売れなければ布教物にすればいい——どちらに転んでも構わないと、中島は少し笑う。仕事は終わった。今日は娘と畳の部屋でゴロゴロしながら本でも読もう。メンテナンスも大事だ、と彼はひとりごちて、録音を止めた。
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水曜の午後四時半、台風が上陸した日。午前の大雨が嘘のように晴れた空の下、中島は切り日の休憩を軽トラの荷台で過ごしている。気分は二。やるべきことを数えると気が滅入るので、かわりに今日あってよかったことを思い返す。昼に家へ戻り、食器棚に眠っていた妻のタンブラーへあたたかいコーヒーを注いで持ってきた。アトリエの山の中、それを飲みながら岡恒の赤白の鋏で出荷前の調整をする。カフェインのおかげで、もう少し頑張れる気がする。
荷台から見上げれば、昭和の初めに当時の地主が植えたメタセコイアの大木。葉はみな空の一方向へ伸びている。かつては荷台に立って高枝鋏で切り、切り枝として売っていた。水揚げも日持ちもよいのだが、届く範囲はもう乏しい。空き家にある伸ばせる梯子を使えば、また枝を落とせるかもしれない。問題は値づけだ。命がけで採るのだから、その分を価格に乗せ、売れたら切る——そういう順序にしようと考える。
来週末は中之条ガーデンズのイベント。告知文も支度もこれからだ。昨日は妻とアルケミラをYハウスへ掘り上げ、雨に備えて簡素な雨除けをかけた。以前しっかり作ったときは強風で支柱ごと飛んでいった。近くには人の住む家も車もある。だから今度は、飛ばされたら飛ばされたでいい、運がよければ雨を防げる程度に。ノーガード戦法である。今のところ、まだ持ちこたえている。
このあとはセダムの切り取りと直送便の調整・選別。花が萎れる前に、涼しい作業場へ運んでやらねばならない。ではまた。
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石のベンチに腰を下ろす。晴れた空の下、ハウスの中は蒸し暑く、セダムやジャーマンカモミール、センダイハギ、イガグリスゲを刈り取り、本数の足りない品目を組み合わせて一箱に収める算段を立てる。農の現場では、足し算と引き算が静かに繰り返されている。
土曜日は岩崎さんの農場でバーベキュー。戸高くんと炭火を囲んだが、オーストラリアンキャットルドッグが吠えながら駆け寄るたびに左肩の古傷が疼いた——かつてチャウチャウに噛まれ、ERへ運ばれたあの夜の記憶が。距離を保ちながら肉を食い、酒を飲んだ。誰も怪我がなかったことが、何よりのごちそうだった。
日曜夜は戸高くん家で座談会。その後、ポッドキャスト収録という名目のおじさん会——「しょうがない」を言い訳に作業部屋へ籠もれる、それがまた良い。
そして最近新しい遊びを見つけた。ステレオマイクで収めた音声を生物音響学的に解析してみると、シュレーゲルアオガエルやガビチョウの声が、静かに音の中に隠れていた。姿は見えなくても、声は届いている。畑の奥の森に、まだ知らない世界がある。マイクはそれを、ただ静かに記録していた。
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